第二話「友達」




「くくく、く、食い倒れ……」

 それを見つけたのは、窓を開け放し、雑踏の真っ只中のような小部屋に光を取り込んだ時のこと。

 窓の外に広がっていたのは、いつもの長閑な田園風景と、空を赤の染料で塗りつぶしたかの様な鮮やかな緋色の髪をしたの少女の姿。

 髪も奇抜なら服装も奇怪。ズボンの丈が短く、反対に上着の袖は長く、両の手のひらを覆い尽くしている。

 顔は反対側を向いていて分からないけど、年は私と同じ17くらいに見える。

そして周囲に漂う魔力の残り香。何か強力な転移系の魔法でも使ったみたい。

 私は暫し動きを止めて少女を観察してた。またいつもの悪い癖。

 これは師匠に報告すべきだろうか。

 でも、食い倒れ拾ったなんて師匠に言ったら捨てて来いって言うに決ってるし、明らかに外の人みたいだし。

 でも、むっちゃ外の話気になるし……。

「……どうしよう」

 でも、見れば見るほど変な少女。

 緋色の髪って事は、地毛、だよねぇ……。地毛が緋色って歩く危険信号じゃん。

 微かに女の子の背中が上下しているから生きてはいるみたいだけど。

 あれ? そう言えばこの人って食い倒れ?

 食い倒れって使い方あってるっけ?

 再び暫しの間少女を観察してみる。確か、食い倒れって、食事で贅沢しすぎて財を失くした人のことだっけ。

「っていうか、この人行き倒れじゃん!!」

 ビバ、セルフツッコミ。

「って、そんな事してる場合ちゃうわ!!」




 ◇



「……結局拾ってしまった」

 ベッドに寝かした女の子は、やっぱり17歳くらいに見えた。

 一番眼を引いたのは、右目を覆う包帯と、その下に連なる眼帯。

 絹のような肌に不釣合いなのに、何故かしっくり来てしまう。

「それにしても、この子誰?」

 見れば見るほど、鮮やかな緋色の髪の毛に吸い込まれそうになる。

 けれど、一番妖しいのは心臓。

 この心臓の鼓動は普通じゃない。リズムが明らかにおかしい。

 交差するように大小と繰り返すこの鼓動は、まさか……。

「ん、んぁ……」

 薄っすらと閉じられていた薄茶色の瞳に、幼い少女の姿が映る。

 この辺じゃ滅多に見ない色。というか、この辺りで人自体見たこと無いけど。

 焦点の彷徨っていた瞳孔が私を捕らえるや否や、彼女は弾かれた様に飛び起きた。

「え〜っと、初めまして。私は魔導士見習いのレファン。レファン・ミリィ。ここは私の家みたいなもの」

 瞳には警戒と困惑の色がありありと浮かんでる。

 まぁ、普通の反応だね。ていうか、師普通じゃないのは師匠だけで十分だし。

「……………満那。切鈴 満那」

 彼女の口から漏れ出たのは東国訛りっぽい言葉。

 それもかなりきつい訛り。知らない人が聞いたらまず判別できないだろうな。

 とりあえずは、言葉が通じる事を確認すると、静かに嘆息する。

「キリスズ、マナちゃんか。じゃぁ、キーちゃんだね。宜しく」

「……よろしく」

 差し出された手と顔を交互に見ていたけど、やがて左手をおずおずと差し出してくれた。

 やっぱり、か。 私は心の中だけで呟くと、その小さな手を優しく握り返した。

 その後、遅めの朝食を摂りつつ、互いに自己紹介をした。

 キーちゃんは礼儀正しいけど、話してみれば結構元気な子みたいで、私が苦労して運び入れた長傘を片手で持ち上げたりと怪力振りを発揮してくれた。

 それと分かったのは、どうもマナちゃんは転移陣で飛ばされたらしいってこと。まだ仲間がいるらしいけど、この調子なら師匠の方へ飛んでるだろうな。

「じゃあ、師匠のトコ行ってみますか。ちょうど、用事もあった事だし、君の仲間も探したげる」

「あ、ありがとう、レファン」

「ミリィで良いよ。皆、そう呼んでるし。君とは良い友達になれそうだしね」

「分かった。ミリィ」

 彼女の顔から飛び切りの笑みが零れ、吊られて微笑み返してしまう。うぅ……、可愛すぎるわこの子。

 本当、小動物みたいに素直で可愛い過ぎる。師匠とは対極どころか、天と地程も違うし。いっその事、師匠にこの娘の人格コピーしちゃいたいくらい。てか、本気で検討しようかしら。

「にしても元気になって良かった」

 仲間と逸れたと聞いた時は、本当に暗い顔していて心配だったけど。

 食事の後は、外を駆け回るようにして見て回ったりと、まるで、外出を許されない姫様が外に出てきたみたいなはしゃぎ振り。

 よっぽど友達って言われたのが嬉しいらしい。

「……ちゃんと右手はあるのよねぇ」

 いつのまにやら、私は皿を片付けながら彼女を観察していた。やっぱり、あの事が気になってしょうがない。

 リスの様に駆け回り、途中で息切れする素振りも見せない。

 それどころか、四六時中走り回っても平気そうに見える。

 どっからそんな体力湧いてくるんだろ。

 それに、あの馬鹿重い傘を右手で振り回してる。

 と言っても、袖越しに柄を掴んでいるだけだけど。

「やっぱ、ただの思い過ごしかな」

 そう自己完結し、疑問の種を胸の内に仕舞い込んで記憶の中に埋没させる。

 けれど、この事は時機を見て本人に伝えないと行けない。

 もしかしたら、もう彼女は気づいているのかもしれないけど。

「どうしたんすか?」

 と、何時の間にか目の前には緋色がいた。

 心配そうに私を覗き込む薄茶の瞳は、光の加減によって紅く煌き、炎を連想させた。

「ミリィ暗い顔してる。そういうのはダメっすよ。人間、笑顔が一番す!!」

 人間という部分を特に強調し、笑顔を弾けさせる。

「はいはい。もう大丈夫だから心配しないで」

「そう言えば、ミィのお師匠さんて、何て名前なんすか?」

 問い、というより呟きに近い一言を、丸く大きな瞳を瞬かせながら紡ぐ。

 一々感情が表に出てくるというのは、見ていて結構面白かった。。

「私の師匠?」

「そうっす。ちなみに、あたしの体術のお師匠さんはテスリカっていう人で、物凄く強いんすけど、皆には内緒にしてるす」

 私は適当に相槌を打ちつつ、その言葉を反芻する。

 テスリカ……。死線のかな。

 少しばかり納得し難いことではあったけれど、恐らく彼女は嘘を言ってはいないだろうな。

 あの死線が師匠とはちょっと驚きだ。

 でも、私の師匠も名前だけなら負けちゃいないよ。

「聞いて驚け。私の師匠はね――」

「うんうん」

 いい。この期待の篭った眼差し。

 できるなら、この子の人格を師匠に移殖したい程よ。

 もっと嬉しいのは、その期待に十分すぎるほどの答えを返せる事。

 こんな風に話すなんて、本当に久しぶりだし。

 さぁさぁ、聞いて驚きなさい。

 私の師匠、その名は――。

「氷晶の魔女、シトリ・ネイ=フューリゲルよ」

 





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