俺、未来の頭領、零夜。

人生で最も悲惨な初対面を経験した数少ない男。


『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は怪獣娘


 俺は零夜。今人生で最も難しい課題に挑戦中だ。
 どれだけ難しいかって?
 悩み始めて早三日。既に見知らぬ町の酒場の店主に顔を覚えられてしまった程難しいんだ。
 今も、酒場で店主に飲み物を驕られながら思案中なのだ。
「なぁ、結局お前は何がしたいの?」
「んぁ〜……。なんつーか、探し物。うちのギルドってさ、単独任務はご法度だからさ。頭に、パートナー探して来いって言われてさ」
 ギルド。
 所謂、義賊とか賞金稼ぎが集まった組合だ。
 つまるとこ俺はそこの見習い賞金稼ぎにして、未来のお頭。
「で、遥々パートナーを探して辺境の地まで来たってか。ご苦労なこった」
「な〜、親父さん。何か無い? こう、パートナー募集してる剣士とかさ」
 頭になるには先ず一人前になるのが条件。
 その一つがパートナーを組んで経験を積むこと。
「零夜つったか? お前みたいな若造と組むような奴は、この酒場には居ないな」
 親父さんは、大柄な褐色の身体を動かすと、レンとかいう果物を絞った物を驕ってくれた。
「はぁ〜……。俺の野望も此処で終わりかよ。儚ねぇな〜」
 そんな俺の様子を見兼ねたのか、親父さんは一枚の紙を持ってきてくれた。
 『マリオネットマスター募集』とか書いてある怪しげな紙。確か、町に来て一番に眼に入った奴だ。
 怪しかったから速攻無視したのを覚えてる
「そういや、マリオネットって何? 俺、世間に疎いからさぁ、こういうの無知なんだよね」
 そういうと、親父さんは呆れ果てたのか、深いため息を吐いた。
「マリオネットも知らんのか。簡単に言えば、マリオネットとは使い魔。人工的に造られた『人』。人外だ」
「で、マスターって言うのは?」
「マリオネットを従える魔導士とかの別称だな。基本的に、マリオネットは執事とか従者とかいう意味合いが強い。だが、選抜を受けたのは戦闘用としても使えるタイプだ」
 選抜?
 ああ、前にギルドで話題に上がった適性試験。これのことか。
「で、金を払い引き取るんだが、お前は金が無いんだろ?」
「まぁ、お陰で狩りの腕前は上がったんすけどね」
「そこでだ。この町に一体だけ、廃棄処分寸前のマリオネットが居るんだが、行ってみるといい。向こうは厄介払いしたがっとったはずだし、条件次第で引き取れる筈だ」
「それって曰く付きって訳?」
「それもあるんだが、旧式なんだよ。魔道機関を持たない程旧式で、今じゃ何処が造ったのかも話かも分からねぇ正真正銘のポンコツだ」
「使えるのか?」
「じゃじゃ馬って話だな。何でも、武器一つで襲い来る敵をなぎ倒す程強いらしいが、その代わり、魔法が使えんから引き取り手も居ない」
 魔法が使えないってのはちょっくらきついな。魔導士の補助じゃ、使えない筈だ。あいつらは剣士と組んでる事が多いし。
 そんなことを考えている間、親父さんは誰かと話していた。
「だけど、それくらいで引き取り手が無いってのも何か怪――」
 険悪そうな顔の親父が俺の話を遮る。
「状況が変わった。期限は今日までだ。急がないと、廃棄されるぞ?」
 現在時刻、日没まであと少し。
 ちなみに、この国では一日の規定は日の出から日没まで。夜は、魔刻といい、一日に含めないらしい。
「親父、場所は?」
「この先にあるでっかい塔がある場所だ。それと、もう会う事もねえだろうから餞別代わりに教えてやる。アイツを"仲間"にしたら、西の国境をすぐに越えろ」
「おい、もう会う事も無いってどういう――」
「俺の名は、酒場『マンジョル』店主、パグ、パグ・レフサだ。覚えたらさっさと行け。門番に俺の紹介だって言えば意地でも通してくれる」
 そう言って渡された一枚の紙切れ。
『東の堕天使は西へ。古の獣、揃いたり』
 その紙を強引にポケットにねじ込むと、親父は俺を追い立てるようにして店の外へ誘導してくれた。
「いいか? こんな時の為に手筈は整えてある。この紙を砦の守衛へ渡せ。すぐに出してくれる」
「何かまるで脱獄を企てるみたいな言い方だな」
 親父は素早く周囲に目を走らせると、いきなり走り出した。
「見たいじゃねぇ。実際そうなんだよ。アイツを、何がなんでも廃棄処分しようとする輩がいるからな」
 はっ?
 何を言ってるのか全然理解できない。
 親父に連れられるままに裏道を走っているが、親父は息一つ乱さない。
「何を言ってるんだ。そう思うのも無理は無いが、追々分かるだろうさ。お前は、そういう運命に飲まれたんだ」
 幾つもの建物の間を縫うように走っていくと、やがて教会のような建物のある場所へ辿り着いた。
「古代の名を持つ人間とマリオネット。これ以上におもしれえ組み合わせは無いな。お前もそう思うだろう? テスリカ」
 テスリカ。
 そう呼ばれたのは広場に立っていた小柄な人影。
 フードを頭からすっぽりと被っている変な人だ。
「パグさん、世間話なら後にしてください」
「ああそうだったな。零夜、早速乗り込むぞ。幸い、この時間はまだ衛兵は居ない」
 そういってまた手を取って強引に駆け出す。
 建物の中は案外と暗く、親父の先導が無かったら確実に迷いそうだ。
「なぁ、その目的の人物って何者なんだよ」
 俺的にムサイおっさん意外ならいいんだけどな。
 説教臭いのも遠慮したいが……。
「あぁ? アイツは会えば分かる。それより急げよ? 気づかれるのも時間の問題だ」
「誰かに追われてるような言い草だな」
 てか、冗談抜きで追われていると思うのは俺の勘違いか?
「はっはっ!! 未来の頭なんだろ? 今のうちに手配書のリストに顔でも乗っけて於いた方が楽だぞ?」
 確信犯?
「っと、そこの部屋だ。上手くやれよ? 俺は外にいるからな」
 暗い廊下を幾つも抜けた先にあった小さな部屋。
 僅かな明かりが、その部屋を照らし出していた。
「成るべく、癖の無い奴がいいんだけどなぁ……」
 眼が闇に慣れて、視界に先ず入ったのは、人影。
「力技が得意ってことはゴリラみたいな奴だったりしてな」
 相手は寝ているのか、毛布に包まっていた。
 さて、どうするか。

1.毛布を引ん剥く
2.抱えて出る
3.起こす

「俺的に一番だな。んじゃ早速――」
 そうと決まれば話は早い。
 俺は毛布に手を掛けると、一気に引ん剥く。
「早速、何ですか?」
「へっ?」
 起きてきたのは少女だった。幅広い袖を持つ丈の短い奇妙な服の。
 右目は包帯で隠してあったけど、右手には柄の以上に長い傘。
 髪はこの辺じゃ珍しい緋色。小柄で、その瞳は薄い茶色。何処までも珍しい容姿の少女。
「怪しい人です。敵さんですか?」
「えっ!? いや、俺は別に怪しいもんじゃ――」
 反射的に俺は言い訳していた。
 後になって思えば、それは一番のタブーだったらしい。
「怪しい人は皆そういうです。貴方は敵です!!」
 ブォン!
 何か巨大な棒を振り回したかのような風切り音が頭上に響く。
「ちょっ!! ストップ!!」
「問答無用!!」
 ドォン!!
 ドラゴンでもぶつかったかのような轟音が鳴り響く。
「俺は、お前のマスターだって!!」
 命乞いのようなその声と、轟音が俺を襲うのはほぼ同時だった。
 瞬間、腹筋に鉄球をもろに喰らったかのような重い衝撃が走る。
 それが、少女の持つ傘を使った攻撃だったことを知るのは、この二時間後。
「へっ!? えっ!! ご、ご免なさい!! てっきり、処分しに来た人だと思って――」
「ぁぁ……、とりあえず、パグさん呼んでくれ……。何でお前みたいに華奢な奴が試験を通ったのか、引き取り手のいない理由もよぉく理解……した…」
 
 これが、俺、零夜と切鈴 満那の、できればもう一度やり直したい出会い。
 この後、俺は西の砦へ着くまでの間、テスリカの治療を受けながら眠ることになる。
 肋骨と大腿骨の骨折、股関節の複雑骨折、腰椎の骨折。
 それが、満那を怒らせた俺の最初のペナルティ。
 ちなみに、この日のことを俺は覚えてない。
 満那が吹き飛ばしたのは、建物の壁と、俺と、俺のその日の記憶。
 引き取り手の居ない理由。
 それは、満那が旧式なのと、その類稀なる怪力の所為、だと俺は直感した。
 俺の満那の第一印象『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は怪獣娘』 

「あ〜。頭、すまねぇ、俺さぁ、そっちに着くまでに生きていられる自信無い……」

 後から思えば、この時違う選択をしていたら、きっと俺は俺で、彼女は彼女のまま過ごしていたんだろうと思う。
 魔法も使えない、変に馬鹿力な奇妙なマリオネット、切鈴 満那は、この日、晴れてパートナーを組む事となった。これが、物語のすべての始まりで、ちっぽけな問題だったのが、大きく成長していくなんて、この時の俺は、何一つ思っちゃ居なかった。


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