「何ですって!? それは本当なの?」

「はい。この眼でしかと確認しました上、間違いはないかと……」

 普通の家なら丸々一件入りそうなほど広い部屋で、二人の女性が話し合っていた。

「なんてことなの。計画が台無しじゃない。ネイ!! 早急に、連れ戻して」

「どちらを?」

「両方に決まってますわ!! あわよくばとは思っていましたが、状況がこうも変わるとあの二人はかえって邪魔。ゲートを潜らせたのは失策でした」

 そういいつつも、彼女は既に次の策を練っていた。

 さきの二人は既にゲートを潜った。故に、遅かれ早かれ任務を遂行してしまうだろう。

 そうなった場合、下手をすれば計画どころか不測の事態さえ発生してしまう。

「ネイ……。今からでも遅くはありません。『キリスズ マナ』というマリオネットを緊急手配なさい。レイナが見つかるよりも早く、主が見つかるよりも早く」

「御意。姫の意のままに――」

 声が届くよりも先に、姫の姿は消えていた。

 おそらく移動用の魔法を使用したのだろう。確か、彼女には城内での移動用魔法の恒久的な使用許可が降りていた。 
 
 それを思い出すと、ネイは堪えきれずといった風に笑い出した。
 
「本当、馬鹿よねぇ。幾らアイツを殺しても、過去の清算なんて、できやしないのに……。いや、だからこそのあの二人か……」

 本当に、馬鹿な娘、と呟くと、ネイは姫から受けた命令を実行すべく、部屋を後にする。

「本当、馬鹿ねぇ。マリオネットなんて、所詮は奴隷人形。人ですらないのに……。あれが、次期国王ねぇ……。まっ、私には関係の無い事だね」

 そう言った時には、既に彼女の影は部屋には無かった。




第二話『謎』


 次に零夜が目覚めたのは、馬車の中だった。

 景色は既に町から離れ、街道沿いに入っていた。どうやら、既に砦を過ぎたようだ。

「あっ、パグさ〜ん。零夜さんが目覚めました〜」

 呑気な声を上げたのは、右目に包帯をした満那。

 その視線の先には馬の手綱を握るパグの姿があったが、

「おっ、ようやく目覚めたか。その子に礼言っとけよ。まだマスターでもないのにお前をずっと看病してくれてたんだぞ」

「いや〜。それほどでも無いっすよ〜。あたしはあのままだったら廃棄処分でしたし、零夜さんなら、きっとマスターになってくれると思うですし」

 照れ隠しの様に笑う満那。だが、その笑顔が心なしか陰って見える。

「零夜さんさえ良ければ、の話ですけど……」

「俺は……――」

「あっ! 返事はまだ後にしてくださいです。今は眠いんで! おやすみなさいです!!」

 そう言うと満那は、毛布を頭から被り、身を隠してしまった。

「ちょっ……」

「やめとけ、零夜」   
 
 零夜が反論するよりも早く、満那からは静かな寝息が聞こえてきた。

 疲れて眠いのは本当のようだ。

「彼女だってココロの準備ってもんがあんだろ。それに、伊達で『切鈴』を名乗ってる訳じゃねぇ見てえだし、お前に話しとかなきゃいかんこともある。それと、お前の所属は何処だ?」

「俺のギルドは、通称『蒼夜の月光』」

 それを聞いたパグは、僅かに眉を顰める。その名前に聞き覚えがあるようだ。

「ってことは坊主はギア使いか……?」

「いや、まだギアは持たせてもらってねぇ。第一、ギア使いは全部あわせてもギルドで十人しかいねぇし」

 ギア。それは蒼夜の月光の十八番とも言える特殊な物。魔術とも技術とも言われており、その力は一人で兵士一個師団にも相当すると言われ、その行動は厳しく監視・統制されている。

「十人? そんなはずは無い。シトアの報告じゃ反戦は最低二十――」

 そこでしまったという風に口を抑えるパグ。だが、既に声は零夜の耳に届いていたようで、零夜の顔が青く変わる。

 反戦とはギルドが襲われたこと。その反撃にギア使いが参戦するのは、ギルドの存亡に関わる場合のみ。

 ましてや、全員が参戦するという事は、そのままギルドの消滅を意味する。

 だが、その真の意味を知っているからこそ、零夜は取り乱さなかった。

 ギルドを襲ってくる者なんていない。居るとすれば、ギルドに匹敵する大勢力若しくは――。
 
「蒼夜の月光を消すなんて、不可能です。あそこは一種の街、コミュニティ。陥落できるはずは無いです」

 ギア使いが総出で戦ったのなら尚更。

 ギア使いを複数敵にまわして勝てる勢力など、この世界には、絶無。

「不可能、か。それ程あやふやな言葉も無いだろうよ。シトアの報告じゃ、跡形も無く、飲まれたということらしい」

「飲まれた? どういう意味――」

「そのままだよ。時空魔法とか言ってたな」

 零夜の言葉を遮るように現れたのは一人の女性。

 真っ黒なローブに腰まで伸びた白髪。射抜くような視線を放つのは、黄色の瞳。

「シトアか。随分早いご帰還だな」

 パグは振り向く事も無く、その声だけで彼女を判断する。

「あちしが移動魔法得意なの知ってるだろ? 今日はお人形さんの方やってたから遅いくらいだよ。ていうか、そっちは成功したの? 向こうじゃかなりの大騒ぎになってるけど」

「成功。で、そっちの黒髪の少年がさっき話した――」

 話を聞き終わるよりも早く、彼女は零夜に向き直っていた。

 改めてみると、身長は然程高くないようだ。寧ろ、座っている零夜よりも少し高いくらいで、かなり小柄な方だ。
 
「ああ、アンタが零夜ね。話は聞いてるよ。姫を助けに来た王子様だっけ? まあどっちでもいいんだけどさ、もう聞いたの? 姫の事とか、この世界の事とか、君が巻き込まれちゃった事態のこと。あちしとしちゃさ、君をこれから飛ばすのが仕事なんだけど、姫のことどう思ってるのかな〜ってのも気になるんだよねぇ。やっぱさぁ、マリオネットっていっても人間よ? 人間。あちし見たいなのを例外としてもさ、やっぱ気持ちは大切だと思うのだよ。やっぱ契約って一生に一度の事だしさぁ、あちしには零那ちゃんとの約束もあるし――」

 一気に捲くし立てるシトア。
 
 その勢いに気圧されるように壁際へよる零夜。心なしか眼が虚ろになっているようにも見える。

「シトア……。零夜が軽く退いてるぞ」

「大丈夫。零那ちゃんなんて徹夜してまであちしの話を聞いてくれたものだよ。それにさぁ、零那ちゃんみたく混乱すると性格変わるな
んて面白すぎる子かも知れんのだよ彼は。ということはあちしにはそれを確かめるという崇高なる目論みを含め、色々と話さないといけないという義務が――」

「あー、それは分かったから少し黙ってくれ」 

 その一言が聞いたのか、シトアは沈黙する。同時に、零夜は重い瞼と格闘していたが、やがて、その漆黒の瞳も瞼の裏へと消えた。

「約七十五秒。精神的耐性は、まあまあだね。ところでパグ、どうしても計画を早めなきゃ駄目?」

「さっきのお前の情報と、テスリカの情報を照らし合わせた結果、奴らは交差世界へ座標を移した様だ。それと、近頃頻発するマリオネット失踪事件。これらを鑑みれば、状況は自ずと見えてくる。それも、最悪の状況がな」

 そう言ったパグの表情は険しい。今までのように、楽観していられる状況では無くなった。

 状況は、確実に最悪のケースへと流れ始めている。

「はぁ……。面倒だなぁ。ていうかさ、二人の絆を深めるのに交差世界へ飛ばすってのは、ちょっとやり過ぎじゃない? そこまで急かす様な状況でもないし、姫は事実上、存在しないことになって――」

 言い終わるよりも前に、シトアの目の前に乱暴に突き出された一枚の手配書。

「キリスズ マナ及び、彼女に加担するすべての組織・人を捕獲せよ。マナ以外の生死は問わない。あらゆる術技の使用を許可する。尚、ギルド『蒼夜の月光』を反逆組織と見なす」

 最後に署名されていたのは、国王の名。国王直々の命令だった。 

「ちょっとー……。国王直々の勅命ってさ、そんなに最悪の状況だったの? ていうか、あちしらも確実に反逆者だよねぇ……。で、まさかとは思うけどさ、パグは、姫たちを交差世界へ亡命させる気?」

 一呼吸於いて、パグは呆れたように答える。

「亡命じゃあない。俺の予想が正しけりゃ、敵さんは交差世界へ行こうとしてるらしい。大体、交差世界ってもこっちとほとんど変わらねぇんだ。何かしらの意図があるはず……」

「確かに、おかしいよねぇ。姫が狙われる理由も分かんないし、一旦身を隠すのが得策だね。あちしが本気出せば、交差世界の行き来なんて楽勝だし。で、そうそう、頼まれてた情報なんだけどさ、ちーっとばかし厄介なことになってるねぇ……」

 パグの依頼した情報は唯一つ。

 王族の動向と、切鈴の関係。

 不明瞭な事が多すぎる切鈴と、それを狙う王族の動向。

 知らなければいけないことは山ほどにあった。

「切鈴ってのは、元々交差世界の方の名前。それも過去の。今じゃ、完全に途絶えた一族らしいね。最後の末裔が、レイナとかいう子。で、王族の動向なんだけどさ、どうも、切鈴の姫を狙うのは唯の理由付けみたいなのよねぇ。唯一つ分かったのは――」

 そこで一旦区切るシトア。

 パグはそれを無言のまま、言い出すのを待っていた。自身の付けた予測と食い違う事を願って。



「切鈴 満那っていう名前のマリオネットはねぇ、あちしらが考えてたよりもずっと厄介な代物だよ。そもそもが存在するはずが無いし、生まれるはずも無かったんだよ。これの意味する事は当然分かるよね?」

 存在するはずの無い者が存在する。

 その情報が示すことは、唯一つ。

「歴史が、時が、世界が狂い始めてる」




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